世界の形を覚えたのは、いつ?
Jリーグにおけるスカパー!の権力は絶大であると再確認させられました。

<サテライトEグループ第9日@7/27ヴェルディグラウンド>
モンテディオ山形 2-4(前半0-1)東京ヴェルディ
得点者:【山】高橋、廣瀬【東】吉武、オサマ、井上平×2

雷神が関東地方で猛威を振るった日でしたが、ランドは遠雷が聞こえた程度、雨も持参の日傘(not晴雨兼用)でなんとかしのげるレベルで助かりました。

おめあての徹郎さんは中盤の底に陣取りました。モンテディオの一員としてプレーするのを見るのは二度目ですが…予期せぬ出会いで準備運動はしていたとはいえ(その節はありがとうございました!)、胸に「平田牧場」のロゴが躍るブルー×ホワイトのストライプが鮮やかなゲームシャツをまとう姿は初見。インパクトがありました。徹郎さんが選んだ道との(物理的かつ心理的)距離を感じた、とも言います…。

早々と(2分)ヴェルディが先制し、そのまま主導権を握ります。モンテディオも反撃の機会をうかがいますが、徹郎さんもようやく開いたシュートコースをこじ開けに行ったら、“ガンダム”飯田先輩の長い足を伸ばしたスライディングに阻まれてしまったり。この日の飯田さんは、どちらかといえばカバーを担当してましたが、CKなど空中戦では、やはり高さを見せつけておりました。

後半開始直後(48分)には、私から見たら目の前だったけれど若干不思議にも感じた判定でモンテディオがPKをゲット、これに義成さんは反応していたものの、ゴールはネットインで同点。さらに左サイドからの素晴らしいクロス(これも真横だったので、ヴェルディの高い中央守備をうまくすり抜けてファーへ飛んでいった弾道に唸りました。供給元の選手名を控えられなかったのが、この日最大の不覚)から廣瀬さんがどんぴしゃヘッドで合わせて勝ち越したのです!

前半は財前さんが腕章を巻いていてビックリしたモンテディオですが、メンバーが変わっていき…渡辺さんOUT以降は中盤での攻防で一気に分が悪くなってしまい、防戦一方に。ぽんぽーんとクロスへ飛び込んでのゴールを許してしまったのですが、これを決めたのが井上平さんだったと知ったのは、タイムアップ後でした…本当に使えなくてすみません。

モンテディオとしては残念な結果に終わってしまいましたが、Jリーガーとしての勇姿を公式戦(サテライトも一応…)で見られたのは、良かったです。2日前の途中出場でも見せ場を作っていたようなので、今後に期待です。

さて、この日は最後に予想外の展開がありまして。
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2008/07/29 05:52:20 | other Footballer | Comment 0 | Trackback 0
吹田 恋の遁走曲
ガンバがFKをゲット。ミネイロが蹴りたそうに近づきますが、自陣へ連れ戻されていきました。肩に手をまわしつつ話しかけ、宥めてバックラインへ追い返すのは、ゲームキャプテンの仕事。武井さん、ご苦労様……。

<サテライトEグループ第11日@7/21ガンバグラウンド>
ガンバ大阪 1-2(前半0-2)ヴィッセル神戸
得点者:須藤、岸田、佐々木

「夏の大阪は暑い」と池田圭さんも前にコメントしてましたが、本当に暑かったです…そんな万博へ懲りもせずレンタサイクルで参上。方向音痴にしては自分へ拍手喝采したくなる程、全く迷わず見学席へたどり着いたのですが、早過ぎて、まだガンバの選手は外へ出てきてもいません。他の見学者同様、日陰へ待避して時を待ちます。

ガンバイレブンが出てきたのは、開始30分前ぐらいだったでしょうか。アウェーチームはこういう場合、辛いところ。ヴィッセルのサポさんは日なたのゴール裏で飛んでいて、尊敬の眼差しで見つめてしまいました。まさに待ち焦がれた両チーム選手入場。ガンバの先頭は背中に23番。あれ、武井さん、ゲームキャプテン?! 武井さんが腕章巻くのを見るなんて、いつ以来でしょう? 福元さんが前節退場による出場停止で、CB起用も囁かれていましたが、ボランチの位置にいました。

さっきも書きましたが、とにかく暑かったです。そんな中、ボールを保持…させられていた感のあるガンバ。ハーフカウンター狙いのヴィッセルに中盤のルーキーコンビは苦しめられます。1失点目はセットプレーでしのげたかと安堵しかけた直後、2失点目は神戸の選手が接触で傷みOUTした直後と、集中力にも問題があるように映りました。

ガンバTOPは長い関東滞在からようやく帰阪したばかり。聡太さんblogに記された帰路を、武井さんなど帯同していた本日出場選手もたどったはず。しかし、帯同組も留守番組も、パフォーマンスへ言い訳など許されません。それがプロです。サテライトは無料だけど、武井さんたちのお給料は、暑い中でもつめかけている方やその他のガンバサポさんたちがチケットを買ったり、BLU SPAZIOでお買い物して払ったお金、または選手がまとっているゲームシャツへワッペンを付けているスポンサー様が払って下さったお金から出てるんです。それがサッカーでご飯を食べる、ってこと。

2日前にグリスタで見たRKUの学生さんとは違うんです…試合中にボールロストすれば野次られる、それもしょうがないんです。ボランチをやっている鎌田さんが、レイソルサポさんに判断が遅いだの、展開力に欠けるだのぼやかれても、受け止めるしかないんです。それも、武井さんや鎌田さんがJリーガーになった、ってこと。プロフェッショナルフットボーラーとして見られている、ということ。

後半に安田(弟)さんを右SBへ下げ(それでも守備には苦慮してましたね…サハラカップ、レイソル戦には出場してなかったから、ちゃんと見たの初めてだったかと)若干システムを組み替えてから、右サイドの佐々木さんが精力的に突破を仕掛けるようになり、山崎さんの素晴らしいミドルシュートが突き刺さったりもしたのですが、全体としては、お客さんに見せられるサッカーではなかった…と残念な心地です。

前半から他選手の3分の1しかない袖丈でボールを追い回していた(武井さんの袖は短ければ短いほど調子がいいバロメータ)武井さん。汗を何度もシャツまくりあげてぬぐいながら、ボールを奪い取るモーションはさすが…いろんな意味で、恋しさがありました。ヘディング・キープ・展開は、まだまだ課題分野ですけど、それでも毎日頑張ってるんだろうな、とも感じました。守備から攻撃へと反転するターニングポイントとしてのボランチへ、反転後の部分も少しずつ磨いて。

なんだかんだで、サッカーしてるところが見られて嬉しかったです。それが全てです。
2008/07/22 12:06:59 | other Footballer | Comment 1 | Trackback 0
週末は、山梨にいます。
小瀬は、じつは二度目でした。

<J2第9節@4/26小瀬>
ヴァンフォーレ甲府 1-0(前半0-0)愛媛FC
得点者:ジョジマール

第8節サンフレッチェ戦で、輪湖さんが先発を果たしました。広島は遠く、TV越しで見守ったのですが、ヴァンフォーレ日記でも「最初は雰囲気にのみ込まれたけど、途中から慣れてきて、周囲も見えるようになった。楽しかった」とコメントしていたイキイキとした輪湖さんを見ないわけには、と一念発起して、ヴァンフォーレHOMEとしては初めての小瀬へ参上したのでした。

[1st・あとで書く…絶対書くから…]
2008/05/14 00:28:32 | other Footballer | Comment 0 | Trackback 0
青い自転車
少しだけ 寂しかったのは あなたが遠く見えたから

<ガンバ大阪練習@3/27 ガンバG>
そうだ、吹田〔おおさか〕行こう、と思いついたのが2月。3月のスケジュールを待ち、白紙の月間カレンダーを印刷して、見学できない日に×を入れまくった結果、丸をつけた数字は27でした。休暇を申請し、季節柄、猫の目のごとく変化する週間天気予報に一喜一憂。てるてる坊主までぶら下げた果てに、茨木駅へ降り立った私を迎えたのは、春の陽気でした。



西口の「駅リンくん」で自転車を借りました。ガンバ公式HPでもアクセス手段として紹介されているレンタサイクルです。翌朝10時まで使い倒しても料金が変わらない(300円)んですけど、電動自転車は3時間or6時間の制限つき別料金体系。そうでなければ、そっちを借りたい道のりなのです…全車PASの磐田市レンタサイクル最強



サドルの高さ2種類(高いor普通)で整備されていて、短足の私には、何も言わずとも後者が出されてきました。またがって、いざ『エキスポロード』へ。万博まで一直線(ただし、駅前ロータリーの次の交差点は、自転車渡れないので注意)で方向音痴にも優しいのですが、唯一最大の難点は、これもガンバ公式で触れられている通りの坂道であること!

どのくらいきついかって、帰り=下り坂はほとんどペダル漕がなかったぐらい。つまり、ずーっと登り坂なんです、行きは。しかも車道の左側を選ぶと、最後に“歩道橋の上”へつながっている半端ない急傾斜が待っています。それをレッズサポさんのページで予習していたくせに、左側を走っていた私アホすぎ。



坂の上で、ずっと見たいと願っていた人がボールを追っている、と自分を懸命に励まして汗をかきます。登り切って、歩道橋の上から太陽の塔を認めた時の感慨は…ひとしおでした。歩道橋を降りると、見覚えのあるスタジアムが。昔、まだゴール裏が芝生席だった頃に一度来たことがある…確かガンバvsマリノス。石川直宏さんか田中隼磨さんの初ゴールを見た、はず。



万博は、予想していた静寂とは正反対の状況にありました。バック側中央へ置かれた看板で、なにゆえスタンドが少年とその家族らしき人で埋まっているのかを理解しました。フジパンカップ関西大会。私ですら大会名を知っている…全国へ続く道。掲示板に躍るチーム名の片方も、聞き覚えがあります。高田FC。その10番がゴールを決めて、アナウンスが流れました。スタジアムだけでなく、万博公園のあちこちで、試合が行われていました。

「負けてたらご飯も喉通らへん」
正面玄関へ掲示された星取表の前で、他チームの結果をチームへ連絡していたお母さんの呟き。木陰へ集められたチームの選手は、背中で両腕を回し、コーチの檄を真剣に聞いています。関西がサッカー不毛の地だなんて、いつかは言われなくなるような気がしました。

万博競技場を離れ、ガンバのグラウンドを求めて彷徨い始めた私へ、冷たい視線が浴びせられました。知らなかったんです、周回道路には自転車専用レーンがあって、歩道は歩行者の聖域だと。でも、泣き言を言わせてもらうと…自転車レーンには他に誰もいなくて、自分がどこへ向かっているかも分からなくなってしまったのです。迷うのは計算に入れていて、当初予定より30分も早く家を出た(=30分間迷子になってもなんとかなるようにした)のですが、予想通りに地図が読めない自分に泣きたくなりました。

やっとの思いでガンバグラウンド、と書かれた看板を見つけるも、今度はここまで運んできてくれた自転車をどこへ置いておくかに惑います。
「そこら辺にとめて下さい」
駐車場の係員に泣きつくと、こんな返事が。そ、そこら辺…とうなだれつつ、無駄にサブグラウンドを周回するルートで(全くクラブハウスらしい建物がお陰で見えず、完全に自信喪失)ようやく目的地へたどり着いたのでした。



ガンバ大阪クラブハウス、その1階―広いとは言えないけど、その一角に展示されたトロフィーも、少ないとはとても言えず。壁に貼られたカレンダーに背番号8(昨年の)を見つけて複雑な気分にもなりながら、グッズ(お土産)を物色。13番グッズがいっぱいあって、買いたい衝動に襲われつつも、たくさんグッズがある選手は当たり前ながら少数派で、23番がそうなる日は来るのかと思ってみたり。

隣接したグラウンドは、ベンチ付見学エリア(バック側)よりファンサービスゾーン付近(ゴール裏)が先に埋まっていて、初めてのお約束でポジショニングを相当迷った末、おとなしくベンチへ座りました。
「あ、武井くんや」
隣のベンチに座った女性二人組が、オペラグラス越しに見つけたようです。練習開始までのひととき、ボールを仲間と蹴りながら戯れている23番を。ガンバのジャージを着た武井さん。遠くへ来たんだ、としみじみしてしまいました。

前置き長すぎてすみません。ここから本題=練習です。
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2008/04/23 23:22:15 | other Footballer | Comment 1 | Trackback 0
望月重良『もう一回蹴りたかった』
3月末に望月さんがぴあより本を出す、と事前にチェックしていたのに、忘れてまして(!!)今日、書店で見つけて手に取りました。

…こう書くことに、ものすごい罪悪感を覚えるのが、私にとっての“望月重良”像です。『筑波の王様』と在学当時に言われてましたが、それを通り越して『皇帝陛下』とお呼びしたいぐらい、畏怖しております。そのイメージは、私が西ヶ谷(現ヴェルディジュニアユース監督)ファンだから、だと思われます。

いきなり脱線になりますが、西ヶ谷さん、今では監督をされているんですよ…教え子について取材されて、さらっとコメントしたりしてるんですよ。「西ヶ谷監督」……いつも言ってるけど、絶対呼べない……。救いは三種を指導されているので、レイソルU-18の試合で遭遇してビクビクしたりはしないだろう、と。

『もう一回蹴りたかった』でも、望月さんを語る上で絶対に外せない存在である清商の偉大な先輩・藤田俊哉さん&名波さんも当然登場するのですが、先輩たちやKING KAZUを眩しく眺める立ち位置として本では望月さんが描かれてるんですけど、【望月さんが太陽で、西ヶ谷さんが月】という強烈な“現実”を見てきた西ヶ谷ファンとしては…なんとなく腑に落ちなかったりもする面が(微苦笑)

とはいえ、敬愛する先輩以外には耳も貸さない、王権を誇示した栄光の日々がばっちりと書かれているゆえに…買えませんでした。本をパラパラとめくって、これは読めないと判断する時って、普通は【内容が難しすぎる・分からない】ものですけど、今回は逆。最も眩しかった姿を、リアルタイムで見ているから…難病との闘いで“選手としての死を迎えるまで”(サッカー選手は二度死ぬ、はmoto Rossoで読んだ『MARE』で、中里・現ベルマーレ普及コーチのインタビューで登場した表現と記憶。うろ覚え)の記述など、精神的に余裕のない今、読了するのは不可能だと察知したのです。

栄光があり、苦痛があり、奪われかけて気づいたサッカーの原点“楽しむこと”があり。難病に襲われ…という言葉が私の脳内でマイナス方向へかなり独り歩きしていたのもあって、パラパラと読んだだけの現時点では「選手としてはダメになっても、これからも長くサッカーに関わっていけるのだったら良かった」と安堵したぐらいでした。

望月さんの実家がミカン農家なのは有名な話ですが、この歳になってようやく家業を素直に手伝えるようになったくだりなどは、あの王様が…とじーんとくるものがありました。興味のある方は、私よりも先に読んでみて下さいませ。

私は…当分先にならないと、無理でしょう。
2008/04/21 21:40:56 | other Footballer | Comment 0 | Trackback 0
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