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必ず勝って、必ず笑う。
ここまできたら、もちろん。

祝☆茨城フェスティバルにて表彰!!(RKU公式Closeup2/21付)

帰宅するとRKU公式は必ず開けるのが日課なのですが。

>当日は、新キャプテンの船山貴之(4年)とゲームリーダーの千明聖典(4年)がチームの代表として表彰されました。


千明さまはゲームリーダーなんてかっこいい肩書をお持ちだったのですねと興奮しちゃいましたが、注目はそこではなく。

…キャプテン?
誰がキャプテンだって?!

工エェ(゜Д゜)ェエ工

この気持ちをれじれじ風味に表現すると、「寝言は寝ながら言って下さいよ!」ってところでしょうか。

学生年代のチームは冬を越えると代が変わり、最上級生から新しい主将が登場します。RKUでも、来年は誰がやるのかな…と秋頃からよく話してて、「船山しかいなくない?」説を強硬に主張する方もいたのですが、私は“そうならない”派でした。

キャプテンはどこのチームにもいますが、大学サッカー部主将の責務は、どのカテゴリーよりも重いです。私がその重みをひしひしと感じたのは、吉川京輔さんが筑波の主将になった時(College Soccer Central)。京輔さんの前の主将は谷池洋平さんだったというのも、チームメイトへの怒り役さえ引き受けていた三門さんが前代という状況に重なるかも。

主将はTOPチームをゲームキャプテンとして束ねていれば良いわけではなく、RKUならば200人近い部員全員の上に立つ者(だから、今まで見てきた3人のRKU主将は、JFLの試合でもすごく応援頑張っていた)、となります。試合と、その準備段階としてのあらゆる時間(練習、ミーティング、移動など)=サッカー選手としてのON TIMEは言うまでもなく、OFF TIMEも共同生活を営む部ですから、たとえば寮の運営にも関与せねばなりません。そして、サッカー部が対外的な場に出る際…「まちの応援団」でイベントを組んでいただいた折などには、選手を代表して話をせねばなりません。

他にも、前年優勝チームの主将として開幕戦で選手宣誓をする、年に2回だかJFAハウスでセッティングされているリーダーズキャンプへ出席して他校の主将と大学サッカーについてディスカッションする、今回のように表彰の機会を頂ければそれを受ける…と、ピッチ外での仕事がたくさんあります。

キャプテン船山―といえばレイソルU-18当時の「落ち着け!」「よく見ろ!」「空気読め!」のイメージが強烈、という方が私の他にもいらっしゃるかと存じます。いらっしゃると信じたい…(え?)

高2までは、ボールを手に入れたら、それを(できれば自分が)ゴールへ放り込みさえすればいい、といった好き放題のプレーが主だったので、腕章を巻き始めたら、チームメイトへ猛烈に干渉し始めたのにはビックリしたものですが、まずあなたが落ち着いて…と呟きたくもなるコーチングを、特に春先は繰り返していて、何度も"Land of Riches"へ「船山くんの怒りは理不尽だと思う」と綴ったのが思い出されます。

私はもっとアホで、なぜ怒り始めたか、熊本で教えてもらうまで、本当の意味…キャプテンシーの解釈を分かってはいなかったのですが!!

10番船山“くん”の才覚へ多くを依存していた当時のレイソルU-18。その存在が軸であり戦術でもあったフィールドを巣立ち、利根川を渡ったら……11分の1どころか約200分の1となり、足を運べど姿も見られぬ落胆は、傍観者のそれとはいえ、凄まじい衝撃でした。レイソルユースだって多士済々だけど、RKUを日本屈指のサッカー部へ押し上げた激しい競争は、常々マイナス思考と揶揄される私の予防線すら超越していて、ずっと、ずっと、ずーっと、私は「船山さんがRKU.TOPのレギュラーになれますように」と祈り続けてきた気がします。3年間。

別にキャプテンへ就任したからといって、出場が確約されるわけでもないのは、先輩がたを眺めてきて承知してますが。

この前のインカレで、初めて、レギュラーになれたように(私は)感じました。そこから、キャプテン。約200分の約30、約200分の18と、血の滲むような努力(プレーは無論、仲間への接し方も)を重ねてきて、ようやく、約200分の11。プロになれる人数は、もうちょっと少ないかな…。

ずっと、プロになってほしいと願ってます。だから…重荷を背負わない方が、自分の未来を切り拓くために力を注ぎこめるかな、と勝手に考えたりもしてました。でも、キャプテンですから。

三門さんが清水で教えてくれました。
「3年、4年はチームのことを考えながら自分を出さなきゃいけない」
キャプテンでなくても、ですけど。
(三門さんは、「キャプテンだけがチームを引っ張るわけじゃない」と当時の仲間へ深い感謝を述べていました。良い先輩たちを見てこられたのは、非常に大きな意義があったと確信してます)

大学進学という道を選び、途方もなく長いと昔はうなだれていた4年間の75%を消化しました。既に過ぎた3年は、U-18で過ごした時間と同じ長さ。『機は熟した』のでしょう。前に腕章を巻いていた頃から、大学生活を経て、どれだけプレーヤーとしても、ヒューマンとしても成長したか。キャプテンを務め抜くことは、昔の像を色濃く抱く人々へも飛躍を証明する格好の機会でもあるのです。

だから…「ここまできたら、もちろん」。

★このエントリは、「船山さんがキャプテンになった時のやぶさんのエントリが楽しみ♪」と昨秋から向けてくださっていた悪魔の微笑みを見事結実させた、盛岡在住の“まつり縫い”さんへ捧げます。今シーズンはまた一緒に船山さんの勇姿を拝みに行きましょう!
2009/02/25 23:33:38 | University Soccer | Comment 0 | Trackback 0
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