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柳澤さん、鳥栖へ。
「うちで叩き直してやる」と松本育夫新監督が仰せになられたそうで。

「新しくサガン鳥栖に加入することになりました柳澤隼です。J1昇格に向けて、精一杯チームのために頑張りますので、応援宜しくお願いします」(サガン公式)

「小学4年生から13年間、大変お世話になりました。レイソルで学んだことを忘れずに、成長した姿を日立台で見てもらうことが恩返しになると思います。来年はライバルとなりますが、レイソルと一緒にサガン鳥栖がJ1に昇格できるように頑張ります。今まで温かい応援を本当にありがとうございました」(レイソル公式)



池田圭さん&武岡さんを見たくて(結果的に見られたのは後者だけでしたが)、7月に長崎市かきどまり@長崎vsRKU→ベアスタ@鳥栖vs福岡のハシゴをしました。サガンのスポンサーであるサンホテル鳥栖のプレミアA席チケット付き宿泊を利用、メインスタンド目の前(←メインからの距離は日立台より近い)で展開された運動量で観客まで圧倒するサッカーと、ゴール裏で熱く歌うサポーターに酔った、素敵な夜だったのを覚えています。



翌日はフライトまでフリーで、最初は柳川に行こうかと考えていたのですが、「佐賀県じゃない!」と考え直して、吉野ヶ里遺跡を見学したのでした。再現された遺跡ゾーンの横は、古代の原ゾーンと称して公園が整備されており、一角にある「弥生の大野」では、その日もJFAの文字が入った色とりどりのビブスをまとった少年達がボールを追い回していました。

決して一面が平坦とは言えない、特に何か付随施設があるわけでもない、ただの野原。そこはサガン鳥栖の練習スケジュールにも名前が登場する場所なのでした。池田さんはここでも練習するのか…と、しばし呆然として少年達を眺めていました。この2つが、今の私がサガンに対して持っている印象のほぼ全てです。

もどかしさなら…もどかしさも、あふれる期待と共に、高3の秋からずっと抱えていました。柳澤さんに対しても、彼を取り巻く“環境”(ソフト)に対しても。募りに募った想いが破裂したのは、今年4月の名古屋戦@日立台でした。

「もっとアグレッシブにやってほしかった。期待して入れたんですけど、彼はもっとできると思うんです」と期待へ応えられなかった柳澤さんへの失意を述べていた高橋監督(当時)と、「交代を言われてからピッチに立つまでは30秒ぐらい、ほとんど時間はなかったです。試合はポジショニングなどちょっと戸惑いがあり、ラスト10分ぐらいでようやく慣れてきた。ゴール前でパスを出してしまった場面は[中略]少し弱気になってしまった」と振り返った柳澤さんの言葉を、帰宅して並べて読むに至らずとも…バックスタンドで背番号24レプリカを着て観戦した私は、リアルタイムから帰り道まで、柳澤さんに対する猛烈な野次や悪口を聞かされまくったのでした。それが聞こえてしまうのは、自分も24番を背負っているからだと…ようやく、日頃、2番を着て応援している友人から聞かされていた体験の“意味”を、まじまじと実感したのでした。

日立台の指定席では、えてして聞くに堪えない言葉が飛び交うものです。それが正しいか否かとは別に、ピッチに立つ選手のお給料は、そうやって観戦する人々が払うお金や、そんな人々の視線を意識してスポンサードして下さる皆さんが支払うお金より捻出されているのが、紛れもない事実。プロサッカー選手とは、自分よりもサッカーに対する知識や経験が不足している人へプレーを見せるがゆえに、当該ジャンルのプロフェッショナルでいられるわけで…酷評されるのも無形報酬なのです。

やりきれない気持ちを胸に、その日も日立台から埼スタ@浦和vs京都へハシゴをしました。昼の試合よりもゲーム全体のスピードが速く、正直クラクラしました。染谷さんがRKU時代よりもずっとヘディングが上達していると、アップだけで見て取れて…それだけの成長曲線を描きながらも、サンガのDFラインでは最も脆い箇所として狙われ続けていたのを眺めたのです。『J1で通用する』と評価されるには、どれほどの高みへたどり着かねばならぬのか、関東大学一部リーグからでも到達しうるのか…私の2009年シーズンは、ご贔屓さんへの愛情で暴走したと同時に、深い覚悟を決めるための1年でもありました。

翌日、宮スタのサテライト戦で見た柳澤さんは、前日の反省を踏まえ、闘おうと…1対1の勝負にも果敢にトライしていました。シーズンが終わるまで、右SBのバックアップとしてベンチ入りし試合前はどう振る舞えばいいかドギマギしていたさまも、サテライトや練習試合で闘志を剥き出しにしているさまも、見つめてきました。トライアウトで、わずか30分しかなかったはずなのに動きの良さが松本監督の目に留まり、契約を勝ち取った(レイソル広報日記)のには、驚きもしましたけど、ずっと頑張り続けているのだと安堵もしました。

レイソルのエンブレムがついた…彼の人生の半分以上でまとっている、あのウェアを着た姿はもう見られない(Land of Riches過去ログ)のだと、いまだに実感できてません。感情が現実へ追いつくには、いつも時間が必要なのです。

そのために、私も次の扉を開けなきゃいけないのです。日立台で過ごした時間の意味を確かめるには、むしろ日立台を離れた後の様子を見守りに行くのが大事なんだと、いつもいつも、考えている通りに。
2009/12/30 16:16:07 | other Footballer | Comment 0 | Trackback 0
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